【記事】ラッコと関わる仕事(2)保護調査キュレーター&アニマルヘルスコーディネーター | Otter Careers 2 : Curator of Conservation Research and Animal Health Coordinator

Otter Projectのウェブサイトから"Otter Careers"を一つずつご紹介しています。ラッコに関わる仕事にはどんな勉強やキャリアが必要なのでしょうか。またやりがいなどについても触れています。水族館の学芸員ラーソン博士へのインタビューです。

保護調査キュレーター・アニマルヘルスコーディネーター ショーン・ラーソン博士(シアトル水族館)

ショーン・ラーソン博士
ショーン・ラーソン博士

どんなお仕事ですか?


私はシアトル水族館で、アニマルヘルス・保護研究コーディネーターをしています。

私はラッコの研究に関わっています。飼育下のラッコについて、繁殖のサイクルの研究を行っています。現在、ワンステップでできるラッコの妊娠テストの開発に取り組んでいます。これによって、子どもが生まれるのを予測できるようになります。

 

また、野生のラッコの研究も行っています。今取り組んでいる研究には、今のラッコと昔のラッコの遺伝子学と群れの関係も含んでいます。大昔に生きていたラッコたちが現在のラッコと遺伝子学的にどのくらい近いのか、遺伝子学的な関係について興味があります。ラッコはその素晴らしい毛皮ゆえに広く乱獲され、絶滅の危機に追いやられてしまったっため、昔のラッコと今のラッコには多くの相違点があると思われます。現在のラッコの下になるラッコは数百年前には存在していませんでした。今日存在するラッコは、ごくわずかの個体から徐々に増えてきたもので、生物学者たちが遺伝学的なボトルネック効果と呼んでるものを引き起こしています。その結果、遺伝子の多様性の喪失が顕著になり、餌が取れなくなったり、今までにない病気が発生したりするなどの環境の変化に対し生き延びることが難しくなるのです。ラッコの調査のほか、シアトル水族館では親がいない子どものラッコや親に捨てられてしまった子どものラッコのケアもしています。その子どもたちが自分で固形のエサを食べ、グルーミングができるようになるまで24時間体制で人の手で育てます。自分でできるようになれば、ラッコの群れの一員となれるよう、他の飼育下にあるラッコたちと引き合わせます。

どんな勉強やスキルが必要なのでしょうか?

私はカリフォルニア大学バークレー校で自然資源科学の学位を取り、カリフォルニアポリテクニック州立大学サンルイスオビスポ校で野生生物学で修士をとり、ワシントン大学で水産漁業科学(Aquatic and Fishery Science)で博士号をとりました。調査データを分析するには、数学や統計のスキルが必要です。書くスキルは非常に重要です。研究者は助成金のためや論文、レポートなどを書かなければならないからです。最終的には生物学者は公的な場で抵抗なく話すことができなければなりません。なぜなら、会議などで自分の考えや調査などについて常に発表しなければならないからです。一番大切なのは、将来研究する動物について学べるよう、野生生物や水生生物学についてのクラスをたくさんとることです。

重要な職務経験は?

野生生物に関わる経験ほど実践的なものは他にありません。

ラッコの世話をきちんとできるようになる唯一の方法は実際にやって学ぶことです。

どんなスキルが必要ですか?

様々なバックグラウンドを持つ人々と一緒に仕事をするので、対人関係に関わるスキルは重要です。また、自分の仕事に対して公的・私的な組織から援助を受けたいなら、研究者としても対人スキルは重要です。

仕事で一番楽しいと思えることは何ですか?

親を失ったラッコを手で育てるというように、直接ラッコと関わることが楽しいです。自分の調査を通じてラッコについて学べるということも楽しいです。予期しない結果を得ることができることが多く、そうした結果を見ることも非常にワクワクします。

仕事で一番嫌な部分は何ですか?

一番苦手なのは書類の作成です。毎年、いくつか科学的な報告書をまとめなければならないのですが、それよりは動物と直接関わったり調査をしているほうが好きです。

ラッコに関して何か面白い話はありますか?

ラッコと関わる仕事を始めて間もない頃、エクソン・バルディーズ号原油流出事故で親を失ったラッコをバンクーバー水族館からシアトル水族館んへ移送する手伝いをする機会がありました。そのラッコはアニーという名前でした。子どもの頃原油流出事故で保護され、モントレーベイ水族館で人の手で育てられてから、最初の棲家となるバンクーバー水族館へ移されました。シアトル水族館は繁殖計画のため、メスの生体をもう1頭必要としていたため、バンクーバー水族館がわたしたちにアニーをと申し出てくれたのです。アニーは私が初めて間近で接したラッコでした。アニーは非常に賢くフレンドリーだったので、水族館のスタッフから好かれていました。バンクーバーからシアトルへ向かうバンの中で、私はアニーが心地よくなるようずっと氷を与えていました。アニーは非常にリラックスしており、鳴き声ひとつあげませんでした。アニーはすぐシアトル水族館とここにいるラッコたちに慣れました。アニーはとてもひょうきんで、フレンドリーなラッコです。飼育員が餌をやりに入って丸太に座ると、アニーは飼育員のひざの上よじ登ってきました。もちろんラッコは野生動物なので、飼育員はラッコに警告しすぐに立ち上がります。でもアニーは誰かを噛んだことはありません。人と関わるのが好きなのです。

個人的に、報われたと思う話はありますか?

ラッコと関わって一番報われたというか大変だったのは、初めてみなしごの子どものラッコを育てるのに参加した時でした。そのラッコの名前はルータスと言いました。ルータスは生後2~3週間の時、母親がボートにひかれて死んでしまい、ルータス自身も怪我を負いました。幸いにもボートに乗っていた人がルータスを拾い上げ、適切な機関へ持ち込みました。ルータスはアラスカシーライフセンターで状態を安定させられ、シアトル水族館へ長期的なケアのため移されました。ルータスは数か月の間24時間体制で特別な人工ミルク(貝とイカでできた濃い液体)を哺乳瓶で与え、人の手で水浴びさせグルーミングをしてあげなければなりませんでした。最初は私たちは独占的に人工ミルクを与えていました。固形のエサを食べ始めると、ルータスは生きた非常に新鮮なエサを食べるようになりました。一日数時間も、貝の殻を外すはめになりました。私はもう二度と貝は食べたくないですね!それまでで一番骨の折れる仕事でしたが、ルータスが非常に美しいラッコで、よき母親になったということで最も報われたとも言えます。

何故ラッコと関わる仕事をしようと思ったのですか?

ラッコと関わる仕事がしたいと思ったのは、ラッコについて学んだり今までに行われていなかった調査に参加する機会を与えてくれたからです。水族館で働き始めた頃、私は生殖生理学と哺乳類生物学のバックグラウンドを持っていました。ラッコは私たちが積極的に繁殖を試みようとしている水族館にいる唯一の哺乳類でしたが、その繁殖サイクルについてはあまり分かっていませんでした。そこで海洋生物学者としてシアトル水族館での研究プロジェクトをラッコに焦点を当てることに決めたのです。それは11年前のことですが、今でも私はラッコに関わっています。まだまだラッコについて学ぶことはたくさんあります。

その仕事が重要だと思った理由は何ですか?

ラッコに関する多くの生物学的・生態学的な謎を少しでも解明するという点で、非常に大切な仕事だと思っています。私の研究の焦点はラッコの繁殖について理解することで、それが飼育下のラッコの繁殖管理に役立ち、繁殖できるラッコとそうでないラッコがいるのはなぜかを理解することができるからです。私はまたラッコの祖先や、18世紀から19世紀にかけての乱獲が今日のラッコの個体にどのような影響を及ぼしているかを知ることができる遺伝子学的な関係についても研究しています。

その仕事に興味を持ったとしたら、何をしたらいいでしょうか。

ラッコの保護活動に関わるには、ラッコや海洋環境についてできるだけ多くのことを学ぶ必要があります。多くの自然資源を持つ健全でバランスのとれた環境があれば、健全なラッコたちが住むことができます。車のオイルや他の汚染物質をラッコの住環境へ流してしまう嵐の後の排水など、ラッコを害してしまうものがあるということを知る必要があります。

ラッコについてもっと学べるようなウェブサイトはありますか?

オッタープロジェクトのウェブサイトもいいですが、子どもたちはシアトル水族館のラッコについてwww.seattleaquarium.orgでも学ぶことができます。