【記事】ラッコのゲノムを解析 | Decoding the sea otter genome

本日は2016年1月8日付のConservation & Science at Monterey Bay Aquariumから、"Decoding the sea otter genome "をお届けします。初のラッコのゲノム解析のプロジェクトが始まっています。かなり学術的な内容なので、翻訳の間違いはどうぞご容赦ください。間違いにお気づきの方はご連絡いただけましたら幸いです。

© Monterey Bay Aquarium
© Monterey Bay Aquarium

ラッコは沿岸生態系の健全性において非常に重要な役割を果たしている。しかし、1世紀以上前に収束した毛皮貿易の影響から、未だに個体数が回復していないため、私たちはその益を十分に享受していない。現在、ラッコの回復を助ける新しいツールが登場した。初のラッコの遺伝子の解析だ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校生態系進化生物学部の博士課程の学生、アナベル・バイヒマンはその研究とそのプロジェクトにおけるモントレーベイ水族館の重要な役割を率いている。

 

かつてラッコは日本の北部から太平洋沿岸に沿ってバハ・カリフォルニアまで数多く生息していた。1741年にベーリングの探検船がコマンドルスキー諸島で難破し、全てか変わってしまった。ヴィトウス・ベーリングや多くの船員は死んでしまったが、一握りの者たちがロシアへ帰国した際ラッコの毛皮を持ち帰り、東北部においてラッコやオットセイが潤沢に存在するという話をした。

1856年オレゴン州クーズ湾のラッコ猟師。Courtesy Oregon History Project
1856年オレゴン州クーズ湾のラッコ猟師。Courtesy Oregon History Project

これが先を争ってラッコの毛皮を手にいれようとする動きに拍車を当て、19世紀終わりにはラッコの個体数がほぼ絶滅寸前になるまで乱獲されてしまった。

 

1911年、ラッコは膃肭獣保護条約(おっとせいほごじょうやく)で保護されることになった。しかし、離れた場所で生き延びた小さなラッコの群れのほとんどにとって、その保護は遅すぎるものだった。そうしたそれぞれのラッコの小さな群れは100頭以下まで減ってしまい、カナダのぶり手一種コロンビア州とバハ・カリフォルニアで殆どが時間とともに消滅してしまった。

長く遅々とした回復

しかしクリル諸島、カムチャツカ半島、アリューシャン列島、アラスカ南部中央、カリフォルニアでは、残された群れが成長し始めた。20世紀の間に、一部はかつて生息していた規模へと戻った。カリフォルニアではその成長はより遅々としており、成獣と幼獣合わせて3,000頭で、毛皮貿易の前と比較して非常に少ないレベルだ。

(訳者注:遺伝子のボトルネック効果。横軸(→)が時間。もとは多様な遺伝子が存在したが(多色のラッコ)、急激に個体数が減少すると遺伝子の多様性が失われ、再度個体数が増加に転じても特定の遺伝子をもつ個体の子孫(青と茶色のラッコ)だけになってしまう。
(訳者注:遺伝子のボトルネック効果。横軸(→)が時間。もとは多様な遺伝子が存在したが(多色のラッコ)、急激に個体数が減少すると遺伝子の多様性が失われ、再度個体数が増加に転じても特定の遺伝子をもつ個体の子孫(青と茶色のラッコ)だけになってしまう。

ラッコの乱獲は「ボトルネック効果」と呼ばれるものを引き起こした。これは、個体数が急激に減少した後、再び増加に転じた際に起こるものである。一握りの個体群がボトルネック(訳者注:左図でいう細くなっている部分)の反対側に現れると、その個体群の将来的な構成員が全て幸運なその一握りの個体群の子孫になってしまうということだ。

 

このボトルネック効果は、長期にわたる遺伝的影響を及ぼす。その個体群はかつて存在した遺伝子の多様性のほとんどを失ってしまったため、その個体群で普遍的になる可能性を持つ有害な遺伝子の突然変異に影響を受けるからである。こうした突然変異は病気に対する抵抗力や生殖力、成獣になるまで生き延びる力などに影響を及ぼす可能性がある。

ラッコの遺伝子マッピング

最初の血液標本はモントレーベイ水族館のラッコ展示水槽にいるラッコたちから採取される。Photo courtesy USGS.
最初の血液標本はモントレーベイ水族館のラッコ展示水槽にいるラッコたちから採取される。Photo courtesy USGS.

今日、社会はゲノム配列解析(個々の遺伝子を作っているDNAを構成するブロック(その生物が何者かを特定する独自の設計図のようなもの)を配列すること)の真っただ中にある。ゲノム全体の配列を特定することがかつては重要な要素だったが、非常に高額な費用がかかった。現在は技術が大きく発達したおかげで、比較的適度な金額で全ての生物のゲノムプロファイルをマッピングすることができるようになった。

 

私たちは現在、初めてラッコのゲノム解析をしている最中だ。私たちはモントレーベイ水族館の獣医師マイケル・マリー博士に分けていただいた水族館のラッコたちの血液を使っている。(博士はロシアのカムチャツカ半島、アラスカ、太平洋北西部におけるラッコの生息域のラッコの研究を行っている)

 

私たちは、皆さんが会うことができる展示水槽のラッコから最初のラッコのゲノムを得られることに非常にワクワクしている。そのラッコたちは、ゲノム科学と保全科学が一緒になってこの素晴らしい動物に対する新しい識見を与えてくれる、生きる記念物だ。

個体群への識見

最初のゲノムは、それに続く様々な生息域のラッコからの60のゲノムの解析のひな形となる。ある種のゲノムを初めて解析しまとめるには、膨大な技術的で計算の多い仕事が必要になる。それが完了すれば、他の個体のゲノム解析はそれほど複雑ではない。

このプロジェクトの一環として、60頭のラッコの遺伝子が解析されることになっている。Photo © Jim Capwell.
このプロジェクトの一環として、60頭のラッコの遺伝子が解析されることになっている。Photo © Jim Capwell.

レファレンスゲノムと呼ばれるこの最初のゲノムは、非常に詳細に(ゲノムの様々な部分を重複して解析する)解析されることになる。その後、複雑なコンピュータアルゴリズムを用い、解析をまとめて一つの大きなゲノムにする。それに続くゲノム解析は、毎回最初から集めるのではなくレファレンスのひな形へマッピング(配列する)することができるのだ。

 

たった1つのゲノムがその種の進化について多くの情報をもたらしてくれる。かつての個体数の変遷や、特殊な適応、ゲノム中の有害な遺伝子のバリエーションのレベルを知るには、より多くの個体のゲノムが必要になる。一旦レファレンスゲノムをまとめることができたら、6つの個体群からそれぞれ10頭分のゲノムの解析をするのはそのためだ。

時間における変化

この膨大なデータにより、私たちは、ラッコが海洋環境で生きることができるようどのように特別に適応したかを探すことができる。ゲノム解析により、時代とともにラッコの個体数がどのように変化してきたかも知ることができ、毛皮貿易の個体数のボトルネックが現代のラッコのゲノムにどのように影響を与えてきたかを知ることができる。

カリフォルニア州チャネル諸島の貝塚で出土した昔の骨のDNAも解析されるだろう。Photo © National Park Service
カリフォルニア州チャネル諸島の貝塚で出土した昔の骨のDNAも解析されるだろう。Photo © National Park Service

私たちが行っているのは、生きているラッコの現代のゲノム解析にとどまらない。最近、「古いDNA」、つまり大昔に死んだ個体のDNAの解析に大きな発展があった。例えば、ネアンデルタール人のゲノムと家畜化される以前の馬のゲノムの解析を行った科学者らがいる。他にも、ゲノム解析が完了した古いゲノムもあり、未だ解析中のものもある。

私たちの研究所は、ボトルネックの前後のゲノム解析を比較するため、アメリカやカナダの先住民の貝塚から採取した、毛皮貿易以前のラッコの標本のゲノム解析も行う予定だ。これにより、時代とともに有害な突然変異がどの程度おこってきたのかを直接比較することができ、また、先祖らと比較して現代のラッコが有害な突然変異が増えてしまっているのかどうかを知ることができる。

回復の努力を後押し

モントレーベイ水族館の研究者らはラッコの回復のために非常に顕著な努力を行っているが、ゲノム解析は、そうしたラッコの回復努力に実際的に適用されている。そうした遺伝子情報はラッコ保護計画に取り入れられている。かつて個体数が少なく隔離されていたために病気や災害に対してより弱い個体群を特定したり、現在は交配することがない地理的に離れた別の個体群にいる、遺伝子プロファイルの異なるラッコを導入すれば何らか有益なことがあるかを測定するためである。

遺伝子の歴史を理解することで、ラッコの回復への試みが進展するかもしれない。Photo © Jane Vargas-Smith
遺伝子の歴史を理解することで、ラッコの回復への試みが進展するかもしれない。Photo © Jane Vargas-Smith

ラッコ自身の代わりに行ているこうした回復への努力のように、私たちの仕事は多くの協力者、今回のケースでは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、カリフォルニア大学サンタクルーズ校、スミソニアン保全生物学研究所、モントレーベイ水族館との協働が含まれている。私たちにはラッコの専門家、ゲノムの専門家、保全遺伝学の専門家がおり、このような前代未聞のレベルの生きたラッコや昔のラッコのゲノムデータを活動することができる。


まだまだ学ぶことは多い。プロジェクトが進むに伴って発見したことについては、改めて報告したい。

 

ラッコゲノムプロジェクトについて詳しくはこちら

Conservation & Science at Monterey Bay Aquarium

Decoding the sea otter genome

January 8, 2016