【記事】キーストーン種と栄養カスケード~ヒトデとラッコの例から~ | Some Animals Are More Equal than Others: Keystone Species and Trophic Cascades

本日はbiointeractiveのYouTubeから"Some Animals Are More Equal than Others: Keystone Species and Trophic Cascades "の書き起こしをお届けします。生態学を学ぶ際ラッコと沿岸生態系の例は基本の例として出てくるのだそうです。それまでの生態学の概念を覆したロバート・ペインらの功績についてのインタビュー動画です。ペイン氏は去る6月13日にお亡くなりになりましたが、この功績は輝き続けることでしょう。タイトルの"Some animals are more equal than others" は、ジョージ・オーウェルの『動物農場』という小説に出てくる言葉です。

ナレーション:ジャングルから砂漠、森から平野、山頂から海岸に至るまで、地球は多くの生物の生息地となっています。そして、あらゆる生息地には、植物や動物の生物群集が生息しています。生物群集にはそれぞれ、異なる種の生物がいます。その数も様々です。

 

では、与えられた場所にどのくらいの数の種が生息できるかを決定している要因は何なのでしょうか?また、その生息数はどの程度まで大きくなれるものなのでしょうか。

 

1963年、この岩の多い太平洋沿岸で、若い動物学教授ロバート・ペインが岩からヒトデをはがして海へ放り投げるまで、生物学者らは長い間自然がどのように機能しているのかという基本的な疑問に対する答えを見つけることができていませんでした。そうして生態学の歴史における最も重要な実験が始まったのです。

この岩だらけの海岸にロバート・ペインは何をもたらしたのでしょうか。なぜ彼はヒトデを放り投げたのでしょう。答えは、それから数年前のミシガン大学の教室へと時間を巻き戻します。

タイトル:他の動物よりさらに平等な動物もいる~キーストーン種と栄養カスケード~

ロバート・ペイン(ワシントン大学):その日はいい天気でした。アン・アーバーの動物学の古い建物には中庭がありました。その中庭には木があって、芽が出始めていました。

 

ナレーション:フレッド・スミス教授は、彼の学生に対し、一見単純に思える質問を投げかけました。

ペイン:教授は、「みなさん、ちょっと考えて欲しいことがあります。なぜ、あの木は緑なのでしょう」そして、誰かが答えました。

 

女性の学生:葉緑素があるから。


ペイン:教授は言いました。「どうして葉はそこに存在し続けることができるのでしょうか」

 

ナレーション:技術的にいえば、木々が緑なのは葉緑素があるからです。でも、教授はもっと大きな疑問を投げかけていたのです。教授は食物連鎖について考えていたのです。

 

ペイン:明らかに、生産者というのが存在していました。生産者はそこに住んでいる者に対し、エネルギーを供給します。そしてその上に消費者があり、そして草食動物がいます。

 

ナレーション:当時は一般的に生産者の数が草食動物の数を制限すると考えられていました。そして草食動物の数が、その動物たちを食べる捕食者の数を制限する。すべてのレベルは、食物連鎖の最下層から上へと上がっていく食料の数により、制限されているということでした。

ナレーション:しかし、こうした考え方では、なぜ木の葉を食べ尽くすところまで草食動物の個体数が増えてしまうことがないのか、ということを説明することができませんでした。スミス教授は、この難問を2人の同僚と議論していました。ネルソン・ヘアストンとローレンス・スロボトキンです。彼らは、新しい考え方を提案しました。草食動物の数は、下から上だけではなく上から下へと制御されているはずだ、と。

 

ペイン:草食動物は植物群落を破壊する能力を持っていました。木は丸裸になってしまう可能性があったのに、なぜそうならなかったのでしょう。木を丸裸にするだけの昆虫がいなかったからですが、それは捕食者がいたからなのです。

 

ナレーション:草食動物の個体数を捕食者がコントロールしているため、世界は緑に保たれているのです。これは「グリーンワールド仮説」として知られる革命的な概念でした。その時まで、捕食者が生態系を調節する役割をしているとは誰も考えていなかったのです。

 

ペイン:スミス教授の授業はグリーンワールド仮説を最初に公開審査した場でした。

ナレーション:そしてスミス教授の生徒の一人だったロバート・ペインは、この考えを検証する一人となったのです。

 

数年後、ペインはワシントン大学の新任教授となって、捕食者の役割を研究することができる生態系システムを探していました。

 

ペイン:私は太平洋と、その沿岸に生息する膨大な数の生物を見つけました。それは私の目の前に広がっていました。それは涅槃のようなものでした。

 

ナレーション:ペインはすべての生物を識別することから始めました。それから、何が何を食べるのかをマッピングし始めました。

ペイン:フジツボを食べる肉食の巻貝がいました。藻類を食べるウニがいました。そのようなパターンがたくさんありました。

 

ナレーション:観察から、ペインは紫色やオレンジ色をしたパイザスター・オクレイシャス(Pisaster ochraceus)と呼ばれるヒトデが食物連鎖の頂点にあったことが分かりました。

ヒトデは捕食者のように見えませんが、時間を早送りするとヒトデが恐ろしいハンターであることが分かります。

 

ペイン:ヒトデが捕食していたら、裏返せば何を食べているか分かります。ヒトデはムラサキガイを食べていました。ヒトデはほかの物も食べますが、ムラサキガイを食べていました。

 

ナレーション:そこでペインは疑問を持ちました。特定の場所から捕食者であるヒトデを取り除いたらどうなるだろう?

 

ペイン:ヒトデはしっかりくっついているので、驚かせる必要があります。強い手首とバールが必要です。ヒトデを測れるだけ測り、遠く深いところまで20mほど放り投げました。ヒトデが常に這い上がってくるので、夏の間私は往復350マイル(560㎞)車を運転し、干潮の時を狙ってヒトデを取り除き、他のデータも取ってまたシアトルへ帰っていました。

 

ナレーション:生態系は急速に変化し始めました。

 

ペイン:1年半のうちに、私は生態学上の金脈のようなもの掘り当てたことを知りました。

 

ナレーション:頂点捕食者が取り除かれたのにも関わらず、意外にも実際その岩の上に生息する種は15種から8種に減少してしまったのです。


ペイン:3年後、その数は7種に減少していました。しかし、その後7年で1種になってしまいました。私が自然のシステムを変えてしまったのです。

 

ナレーション:実験が進むにつれ、ムラサキガイは岩面を覆いつくし、利用できるスペースを独占し、他の全ての種を追い出してしまったのです。


ナレーション:ペインは1つの捕食者が全ての生物群集の組成をコントロールすることができることを発見したのです。そして単一の種が生態系に及ぼすことができる能力を表すための用語を作りました。

 

ペイン:私は建築についてはほとんど知りませんでしたが、アーチを作るには、アーチの両側に互いに圧力をかけて作り、その頂点にはキーストーンが必要です。キーストーンを取ってしまうと、その構造は崩壊してしまいます。


ナレーション:このPisasterヒトデのように、捕食者の多くはキーストーン種であるこということが分かりました。

 

ペイン:これらのキーストーン種は、自分たちが食べる生物種だけでなくそれを越えて大きな影響を及ぼします。

 

ナレーション:ほとんどの種は大きな影響はありません。別の実験でペインは様々な種を取り除いてみましたが、生態系全体にほとんどあるいは全く影響がありませんでした。

 

ペイン:動物は全て平等ですが、他の動物よりさらに'平等'な動物もいる(*注釈参照)。つまり、そうした種がみな生息する生態系に同じような影響を持っているわけではないということを示しているのです。それを引き出すために実験が行われましたが、簡単なことではありませんでした。

 

ナレーション:ペインの先駆的な実験やキーストーン種の概念は生態学分野に波紋を起こし、生物群集のコントロールに対する考えを覆しました。

 

ペイン:捕食者を排除すれば、生態系は簡素化します。これは、一般的でグローバルな生態系についての概念です。

 

ナレーション:海岸から少し離れた場所で研究を続けるうちに、ペインは別の印象的なパターンに気が付きました。

 

ペイン:潮だまりがたくさんありました。ウニが占拠していた潮だまりとそうでない潮だまりがありました。


ナレーション:ウニの多い潮だまりには、ケルプ(海草)が非常に乏しかったのです。ペインは、ウニがケルプの成長を阻んでいるのではないかと考えました。

 

ペイン:次の実験はこれだ、と私は自分に言いました。

 

ナレーション:ペインはいくつかの潮だまりから手でウニを取り除き、近くの別の潮だまりは手をつけずそのままにしておきました。ここでも、結果は劇的でした。ウニを排除した潮だまりですぐにケルプが成長し始めたのです。

 

ペイン:ウニがケルプをコントロールしている。それは、グリーンワールド仮説に反するものでした。

 

ナレーション:ペインの潮だまりのウニはケルプを全部食べていました。とすれば、なぜウニの個体数をコントロールするものはないのだろう。その答えは、アラスカのアリューシャン列島での偶然の出会いから生まれることになったのです。そこで、ペインは別の科学者と道をクロスさせることになります。1971年、ジェームス・エステスは、野心的な若い大学院生でした。

ジェームス・エステス(カリフォルニア大学サンタクルーズ校):ボブと出会った時、私は自分がやろうとしていたことを通じて自分の道を考え始めていたところでした。

 

ペイン:私たちは、映画を見たあとバーで出会いました。私はウニに興味があり、ジムは当時ラッコの生理機能に関する研究をしていたと思います。

 

エステス:私はボブに、私がやろうと考えていたことを説明しました。それは、食物網を介して下から上に影響していくエネルギーの生産・効率と物質の流れを理解することにより、アムチトカ島のような生態系がどのように豊かな捕食者を抱えることができているのかを理解することでした。それに対するボブの明らかで、また暗黙的な反応なこのような感じでした。「あまり面白くないね」「その動物が生態系に対して及ぼしている影響について考えたことがある?」

 

ナレーション:エステスがケルプの下からの影響ではなくラッコのトップダウンの役割に焦点をあてれば、生態系内におけるラッコの役割を発見できるのではないか、とペインは考えたのです。

 

エステス:ですので、私はそれもそうだな、と思いました。 とりあえず行って見てみよう。

 

ナレーション:ペインは、ヒトデを放り投げた実験と似たアプローチを提案しました。生態系からラッコを排除し、他の種への影響をテストしてみるのです。

エステス:当時、どうやってその実験をするのかという認識はボブにはなかったと思います。でも、私にはありました。私はラッコの歴史についてかなり知っていたからです。ラッコは北太平洋に多く生息していました。1741年に始まった毛皮貿易により、その後150年でラッコは絶滅寸前まで乱獲されてしまいました。1911年または1912年にラッコ猟は禁止され、ラッコの群れのいくつかは生き残ることができ、種の回復のもととなりました。

 

ナレーション:しかし、ラッコの回復は部分的なものでした。

 

エステス:アリューシャン列島の多くの生息地では、ラッコは毛皮貿易時代から完全に回復していました。その一つがアムチトカ島でした。しかしまだ回復していない島もありました。

 

ナレーション:実験は簡単なものでした。ラッコがいる島といない島を比較するということです。エステスは、本拠地にしていたアムチトカ島から始めました。

 

エステス:アムチトカ島がどのような場所か私は良く知っていました。ウニはよく見かけましたが、非常に小さいものでした。

ナレーション: 次のステップは、近くのラッコがいないシェミア島へ行き、潜ってみることでした。

 

エステス:私の人生の研究において最も劇的な瞬間が、1秒以内で起こりました。そしてそれが、シェミア島の海で私の頭に張り付いて離れませんでした。海は、緑色のウニだらけで、ケルプは全くありませんでした。生態系からラッコが排除されたことで、生態系はラッコがいなくなる前のケルプが豊だった状態から、ラッコがいなくなってウニが増殖しケルプを食べ尽くしてしまった状態へと完全に再編成されてしまった、ということが一瞬で理解できました。

ナレーション:それはグリーンワールド仮説に対する、印象的な証明となりました。捕食者であるラッコが、ケルプを食べるウニをコントロールしていたのです。ラッコを排除すればケルプの森が消滅します。ペインはこうした生態系の下層への段階的な影響を「栄養カスケード」と呼びました。

 

ペイン:「栄養カスケード」とは、捕食者が資源になるものの分布をコントロールする時、こうした段階的が間接的に影響を与えることを指します。間接的な影響が数多く起こります。ラッコが少なくなればウニが増え、ウニが増えればケルプが減ります。

エステス:私はケルプの有無により、沿岸に生息する種は恐らく全て何らかの影響を受けると考えています。ケルプの森に生息する魚は、多くをケルプに依存しています。ケルプの森でエサを獲る鳥がおり、ケルプの森でエサを獲る無脊椎動物がいる。事実上、沿岸域に生息する全ての生物は何らかの方法でその生態系に依存しているのです。

 

ナレーション:だから、ラッコは別のキーストーン種でもあるのです。ラッコはこの沿岸海洋生物群集の構造をコントロールしているのです。

 

エステス:結果ははっきりしています。ラッコはトップダウンでこの生態系をコントロールしているのです。メッセージは明確です。生態学者が世界をどのように見るかにおいて、非常に重要なのです。

 

ナレーション:エステスはラッコを研究するために定期的にアラスカを訪れました。約20年後、エステスは奇妙なことが起こっていることに気が付きました。

エステス:私たちは研究のためにラッコを捕獲していました。ラッコを捕獲するのに十分な時間はありました。でも、その時は違いました。それまで、ラッコを捕獲するのに手間取ることなどなかったからです。

 

ナレーション:ラッコの個体数が減少していたようでした。エステスはあらゆる可能な説明を考えてみました。

 

エステス:私たちは、ラッコの個体数減少につながると考えられる、あらゆる仮説を並べてみました。

 

ナレーション:飢えは外しました。病気も除外しました。そして、第三の仮説が浮上しました。

 

エステス:技術者だったティム・ティンカーが、冬のある日私に電話をしてきて言いました。「ひょっとしてシャチが原因じゃないかと考え始めている」と。私は答えました。「そんな馬鹿な。そんなはずはない。シャチはラッコは食べないよ」ティンカーはこう答えました。「いや、食べるんです。シャチがラッコを食べるのを何度か見たことがあるんです」

 

 

ナレーション:しかし、どうやって確かめるのか。今度も、自然が理想的な場所を提供してくれました。

 

エステス:私たちはクラム・ラグーンという場所へ行きました。そこは、シャチが入って来ることができない場所です。2,3日で問題なくラッコを30頭ほど捕獲することができました。シャチが入ってこられる場所は全てラッコの個体数が減少したのに、入ってこられない場所はちっとも減少していなかったことから、これが実行可能な仮説であったということを確信しました。

 

ナレーション:ではなぜシャチがラッコを食べるようになったのでしょう。シャチは一般的にラッコではなくクジラを食べるのです。

エステス:第二次世界大戦後クジラはたくさんいました。大戦後日本やロシアがクジラの個体数を減少させ、1960年代の終わりには個体数が90%減少していました。大型のクジラが生態系から排除されてしまったことがシャチに大きな影響を与え、シャチはエサの対象を広げラッコのような別の種を食べ始めたのです。ここで起こっていたことは、私たちが知っていた3段階の栄養カスケードにシャチが4段階目として追加され、理論が予測したようにそのシステムが機能していたということでした。

ナレーション:シャチがラッコを食べると、ウニの個体数が増え、ケルプが消滅したのです。

 

エステス:私にとって驚いたことは、20世紀半ばに始まった捕鯨のようなものが、北太平洋の海洋系で、沿岸生態系のウニやケルプに影響を与えていたということです。それは想像するにも気が遠くなるような、SFのようなものでした。

 

ナレーション:ロバート・ペインにとって、これは満足のいくものでした。

 

ペイン:これは、自然界で栄養カスケードという概念がどのように機能しているかを示す例を提供してくれました。アリューシャン列島におけるジム(エステス)の研究が実際それを示してくれたのです。

 

ナレーション:多くの生態学者が新しい目で別の生息地を探検し、キーストーン種と栄養カスケードを多くの場所で発見しました。

 

ナレーション:そしてラッコの例のように、オオカミやサメ、ライオンなどの捕食者が排除されてしまうと、他の様々な種の個体数や、生態系全体に深刻な影響を与えてしまうのです。こうした基本的な洞察力により、世界の見方が変わったのです。そして、生態学者や保護活動家らに新しいツールを与えることになりました。

エステス:これは、ボトムアップというそれまでの基本的な自然観を覆しました。ボブは、私たちの考え方をトップダウンの影響が重要であると変えてくれた、他でもない唯一の生態学者です。

 

ペイン:それはどうも。

 

エステス:いや、本当のことだから。

 

ナレーション:しかし、ペインの視点から学ぶべきことが私たち人間にはまだ数多くあります。

 

ペイン:トップダウンの影響があることを無視すれば、ミスを誘発することになります。頂点捕食者の役割を無視すれば、それは自らの責任となります。

*訳者注:ジョージオーウェルの寓話「動物農場」の一節から。革命を起こし人間の支配から逃れた動物たちが理想郷を作ろうとする。もとは「動物は全て平等である」というスローガンだったが、動物の中から権力を持つものが現れ支配-被支配の関係ができ、「動物は全て平等だが、他の動物よりさらに平等な動物もいる」と変更されてしまう。「平等」は「平等」であり他の者よりさらに「平等」というのは本来は意味をなさないのだが、体制下で権力構造を肯定するためのおかしな詭弁として使われた。革命を起こしたところで結局は誰かに支配される構造は変わらないという、旧ソ連の共産主義体制を暗に批判した小説。
ここでは、動物は存在としては「平等」だが、ある種の動物が他の動物よりも明らかに生態系に大きな影響力を持っていることから「さらに平等」(つまりその持っている影響力には差がある)という表現を用いているのではないかと思います。