【記事】ラッコに対するトキソプラズマの影響 | Toxoplasmosis Poses Threat for Sea Otters Like Yankee Doodle

本日は、2017年9月6日付のMarine Mammal Center News Roomより、"Toxoplasmosis Poses Threat for Sea Otters Like Yankee Doodle"をお届けします。トキソプラズマとラッコについては、こちらの記事(【記事】ネコの寄生虫がラッコを殺すまで | How a Parasite in Cats is Killing Sea Otters-THE JOURNEY OF TOXOPLASMA GONDII)もぜひ合わせてお読みください。

カリフォルニアラッコがケルプの中で集まっているのではなく、北カリフォルニアのビーチでラッコがお腹をもじもじしているのを見つけたら、海洋哺乳類センターの訓練を受けた対応者はそのラッコが困難な状況にあるということがわかる。そのラッコは、後にオスの成獣ということが判明するが、7月3日の晩にセンターの病院へ受け入れられた。センターのボランティアはアメリカ独立記念日(7月4日)にちなんで、ぴったりのヤンキードゥードゥル(訳者注:アメリカ独立戦争時の愛国歌で、日本では「アルプス一万尺」のメロディで知られている)と名付けた。

 

ヤンキー・ドゥードゥルはアシカ水槽の隣の、もう1頭の患者のラッコ、オットーとは別の最近改装したセンターのラッコ用水槽に入れられた。縄張りを持つオスの成獣が争うのを避けるためだ。最初の受入れ健診の際、ヤンキー・ドゥードゥルは年齢に見合わず不活発さや低体重、栄養不良であることに加え、神経症の兆候を見せていた。獣医チームはMRIを撮り、ほかにいくつか別の検査も行い、ヤンキー・ドゥードゥルにレストラン品質のエビやイカ、ムラサキガイなどの栄養豊富なエサを与えた。

Otter photos by Bill Hunnewell © The Marine Mammal Center
Otter photos by Bill Hunnewell © The Marine Mammal Center

オットーのように、ヤンキー・ドゥードゥルのMRIは有毒なアオコ(藻類の大発生)により産出された毒に汚染された海産物を食べたため、ドウモイ酸の毒に冒されていたことを示した。しかし血液検査では、ヤンキー・ドゥードゥルが他にも致命的な症状と戦っていることを示していた。トキソプラズマだ。

 

 

一般的な寄生原生動物、トキソプラズマ原虫は、ラッコや他の動物に致命的な脳の感染症を引き起こす。トキソプラズマはほとんどの鳥類や哺乳類に感染するが、ネコの体内のみで繁殖する。飼い猫もボブキャットやクーガーなどの野生の猫も、どちらもトキソプラズマのオーシスト(卵のような組織)を糞中に排出する。

クリックで拡大 Graphic © NOAA
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ラッコへの感染経路

頑強なオーシストは極端な環境状態でも数か月生き延びることができる。いったん海へたどり着けば、オーシストは海の動物たちに食べられてしまう。例えば、海草に隠れた粘着質により、オーシストはケルプに付着するがそれをターバンスネイル(訳者注:巻貝の一種)が食べる。ラッコはその感染した巻貝を食べ、同じく感染してしまう。

 

トキソプラズマのオーシストはまた水柱の中で保留状態となり、マリンスノーとして海底へたどり着く。オーシストはハマグリやムラサキガイ、ホタテなどラッコの主なエサとなるろ過食動物の組織に時間とともに蓄積する。オーシストはまたラッコが毛皮を良い状態に保つために頻繁にグルーミングを行う際に飲み込まれてしまうこともある。

 

野生動物には様々な寄生虫の感染が一般的であり、当センターでも患者の動物たちに多くの寄生虫を見つけることができる。しかしトキソプラズマは特に懸念すべきものだ。すでに絶滅危惧種であるカリフォルニアラッコにとっては、それが目立った死因になっているからだ。

 

トキソプラズマが、ラッコの個体群にとって別の脅威と結びついていると考えている科学者もいる。ホホジロザメだ。サメによる噛みつきは、カリフォルニア沿岸の現在の生息域の特に北端や南端でカリフォルニアラッコの座礁や死亡の大きな原因となっている。研究者らはこの海域のサメの個体群が恐らくラッコが新しい場所へ生息域を拡大するのを阻んでいるのではないかと考えている。

 

トキソプラズマ症の重篤なケースでは脳の永久的な障害の原因となっており、それが発作や意識喪失を引き起こす。こうした症状は明らかにラッコがサメの襲撃をかわす能力を制限してしまう。しかし、研究によるとトキソプラズマに感染した齧歯類(訳者注:げっしるい・ネズミの仲間)は捕食者の匂いに晒された際、おびえるというよりは攻撃的になるということがわかっている。これは少なくとも、トキソプラズマがそれほどひどくない場合でもラッコがサメのような捕食者を感知したり逃げたりする能力を奪っている可能性があることを示している。

他の動物を危険に陥れる

カリフォルニアのラッコにおけるトキソプラズマの影響が記録され始めてから10年もたたない2004年、同じく絶滅危惧種であるハワイアンモンクアザラシにも致命的な感染が発見された。

 

それ以降、研究者らはトキソプラズマにより死んだモンクアザラシを8頭確認している。しかし、発見されずに死んだモンクアザラシがいることを考慮すればこれは最低限の数であるということになる。個体数がわずか1,300頭であることを鑑みれば、8頭というのはその種の生存にとって大きな脅威であると言える。

 

モンクアザラシにとってトキソプラズマは心臓や肝臓、脳など複数の臓器に致命的な障害を引き起こす。感染しても生き延びる個体もいるが、感染しやすい免疫システムや他の環境ストレス要因をやり過ごす能力を制限してしまう脳障害をに苦しむことになる。

 

モンクアザラシもラッコ同様水中のオーシストに直接晒され、あるいはオーシストを飲み込んだ他の動物を食べることで晒されている。寄生虫は海洋環境に常に存在している可能性はあるものの、科学者の多くは海へたどり着くオーシストの直接の原因はネコの糞によるものと考えている。

Hawaiian monk seals Awa`puhi and Mililani at French Frigate Shoals.  © NOAA permit #16632
Hawaiian monk seals Awa`puhi and Mililani at French Frigate Shoals. © NOAA permit #16632

寄生虫が陸から海へたどる経路

トキソプラズマのオーシストは耐久性があり、水の浄化過程を生き延びることができる。そのため、トイレに流されたネコの糞は寄生虫を海へ運んでしまうのだ。しかし、下水の排水近くに住む動物が不釣り合いに寄生虫に感染していると言う証明はない。

 

その代わり、研究者らは河川や小川の河口近くに住むラッコがトキソプラズマに感染している可能性が3倍高いということを発見した。これは、ネコが多いエリアからの雨水流による排水がその問題の大きな部分を占めているということを示すものだ。コンクリートや水を通しにくい地表が環境中に作られると雨水が自然にろ過されるのを防ぐため、排水が増えてしまうのだ。

 

自然の湿地帯の破壊もまた、トキソプラズマは他の糞中の病原体が川や渓流や海へたどり着くのを防いでくれる自然のろ過能力を減少させている。

 

ラッコとハワイアンモンクアザラシのどちらも、ほとんどの時間を沿岸環境で過ごすため、明らかにこうした海域の人間の活動により非常に大きな影響を受ける。しかし、海から遠く離れた内陸ですら、こうした絶滅危惧種に影響を及ぼす可能性がある。排水が川へ流れ込み、こうした動物たちが暮らす海へ流れ込むからだ。

このような動物たちを助けるには

ネコの飼い主であれば、このような問題を軽減する手助けになることがいくつかある。屋内でネコを飼っているならネコの糞はトイレに流さず、ゴミ箱へ捨てることだ。もしネコを放し飼いにしているなら、外にもネコのトイレを設置し、そこで糞をしたらゴミ箱へ捨てる。ネコの避妊・去勢を行うことで、野生でトキソプラズマを広めるネコの数を減らすこともできる。

 

しかしこの問題はネコだけのものではない。海の近くの湿地帯や自然地域の保全や再構築をサポートすることも重要だ。そして自分の家の庭も忘れてはならない。庭づくりをする際、地元の植物を植えたり、雨水を吸収し汚染物質をろ過するレインガーデンのようなものを取り込んだ庭造りを考えよう。

ラッコは海の健全性の歩哨動物

トキソプラズマの拡大を減らすこのような変化を起こすことは、ラッコやハワイアンモンクアザラシだけに有益なのではない。人間自身も安全であることができるのだ。ネコの糞や汚染された食品や水などに晒されている多くの人が自覚症状を持っていないが、子どもを含む、感染しやすい免疫システムを持つ人々は深刻な合併症に発展する可能性がある。

 

 

トキソプラズマは、当センターの海洋哺乳類の患者たちに見られる多くの病気の中の一つに過ぎないが、そうしたものは人間の健康をも反映しているのだ。だから私たちのセンターの仕事は保護活動を超え、科学的調査や教育にも及んでいるのだ。

 

世界最大の海洋哺乳類病院として、当センターは人間や動物たちがともに活用する海洋環境の健全性をより良く理解するため、毎年保護する数百頭の動物たちから学べることを受け入れることができている。

 

ラッコの患者ヤンキー・ドゥードゥルにとっては幸運にも、保護が二つの神経症の症状に対する命を救う治療を受けるのに間に合った。オットーのように体に残ったドウモイ酸を組織から洗い流すため、輸液を受けた。またトキソプラズマ症の治療のため、当センターの獣医らはトキソプラズマに有効であることが知られている抗生物質をヤンキー・ドゥードゥルに投与した。

 

過去2か月間以上、ヤンキー・ドゥードゥルの健康状態や食欲は改善し、病気だったころに失った体重を順調に取り戻しつつある。センターの獣医師チームはまた永久的な脳障害を患っていないことを確かめるため、ヤンキー・ドゥードゥルの行動を間近にモニターしている。

 

ヤンキー・ドゥードゥルが野生に返すことができると判定された際には、引き続き健康状態を確認し、ラッコの個体群に対するトキソプラズマ症の長期的な影響の可能性をより理解するため、ヤンキー・ドゥードゥルの進捗状況をモニターすることになっている。

変化を起こそう

ラッコやハワイアンモンクアザラシのリハビリを行うには、特別なエサや環境が必要ですから、そうした動物たちのケアには皆さんのような思いやりのある方々からのかなりの財政的なサポートが必要としているということをご理解いただけると思います。絶滅に瀕している動物たちに深い思い入れがありますか?海洋哺乳類センターへの寄付を通じてこうした命を救う仕事ができるようご協力ください。

 

※外部サイトに移動します。

海洋哺乳類センターのトキソプラズマ研究

過去20年以上、当センターの獣医師や科学者らは多くのトキソプラズマに関する科学論文に貢献しています。そのうちのいくつかはこちらでご覧いただけます。

 

Carlson-Bremer, D., Colegrove, K.M., Gulland, F.M.D., Conrad, P.A., Mazet, J.A.K., Johnson, C.K. 2015. Epidemiology and pathology of Toxoplasma gondii in free-ranging California sea lions (Zalophus californianus). Journal of Wildlife Disease 51(2).

 

Conrad, P.A., Miller, M.A., Kreuder, C., James, E.R., Mazet, J., Dabritz, H., Jessup, D.A., Gulland, F., and Griggs, M.E. 2005. Transmission of Toxoplasma: clues from a study of sea otters as sentinels of Toxoplasma gondii flow into the marine environment. International Journal for Parasitology 35: 1155-1168