【記事】遺伝子の多様性が失われてしまったラッコ | Sea otters have low genetic diversity like endangered species, biologists report

本日は2019年6月18日付のUCLA Newsroomから、"Sea otters have low genetic diversity like endangered species, biologists report"をお届けします。ボトルネック効果という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。同じ生き物でも遺伝子が多様であるほど、環境の変化や病気など様々なリスクを種として生き延びていける可能性が高くなります。しかし、ラッコのように個体数が激減し遺伝子の多様性が失われれば、種としての生存の可能性が難しくなります。

ラッコは遺伝的多様性が低く、種としての健康を脅かす可能性があることを、カリフォルニア大学ロサンゼルス校が率いる生命科学者のチームが発見した。この発見は、希少種や絶滅危惧種の保全に影響を与えるもので、遺伝的多様性が低くなると絶滅の可能性が高まる可能性がある。

 

遺伝的多様性は、集団内の個体間でゲノム全体にどれだけの違いがあるかを示す尺度である。大きな集団は高い遺伝的多様性(個人間で違いが多い)をもつ傾向があるが、小さな集団はこの多様性の多くを失い、その結果、個体間の遺伝的類似性が高まる。

 

ラッコの遺伝的多様性の低さは、チーターやタスマニアデビルのような絶滅危惧種に似ていると、筆頭著者でカリフォルニア大学ロサンゼルス校の生態学・進化生物学の大学院生であるアナベル・ベイクマンは述べた。彼女とその同僚らはラッコの進化の歴史を再構築し、その遺伝的多様性のレベル、個体数の変化の歴史、また潜在的に有害な遺伝的変異のレベルを評価した。

 

生物学者たちは、ラッコのゲノムにおいて、有害な遺伝的変異の可能性がある証拠と、血の近い祖先間で交配が行われていた証拠を発見した。こうしたパターンは、個体数の少ない絶滅危惧種によく見られるものである。研究チームは、今年死んだモントレーベイ水族館のメスラッコ、ギジェットのゲノムと南米のオオカワウソのゲノムを、比較する進化のポイントとして分析した。カワウソ類は13種存在するが、ラッコとカワウソは全く異なる環境に住んでいる。オオカワウソは温暖な淡水環境に生息しており、一方ラッコは北太平洋の極寒の沿岸海域に生息する。この研究はラッコにおける初めての包括的ゲノム解析である。

 

「多様性の低さそれ自体が危険というわけではありませんが、おそらく個体数の減少に由来すると思われる有害となる可能性のある遺伝子の変異のレベルが上昇していることを発見しました。これは、個体群の発展に影響を与える可能性があります」とベイクマンは言う。

 

「ラッコは危険な状況にあるかもしれません」と共同著者でカリフォルニア大学ロサンゼルス校の生態学・進化生物学の著名な教授で、ハワード・ヒューズ医学研究所の教授であるロバート・ウェインが言う。「これは警告のサインであり、赤信号です。ラッコの個体数が再び減少するようなことがないようにしなければなりません」

 

この研究チームは、今回の発見を6月18日付のMolecular Biology and Evolution誌で発表した。

 

ベイクマンは、ラッコの遺伝的多様性の低さを、多色のビー玉がその中の色の多くを失った場合にたとえている。「病気が発生したり、環境が変化したりした場合には、個体群の多様性が高い、つまりさまざまな色のビー玉があると役に立つことがあります。例えば、緑のビー玉は病気に抵抗力があるけれども、青や赤のビー玉は病気に弱い。しかし、個体数が減少したときに偶然緑のビー玉を全て失ってしまった場合、青と赤だけが残る可能性があり、そうなると病気に抵抗できなくなります」とベイクマンは言う。「多様性があればあるほど、生き残りのチャンスも増えるのです」

 

アザラシやアシカは3000万年前から、クジラやイルカは5000万年以上前から海に住んでいるが、ラッコはまだ海に適応して500万年ほどだ。ベイクマンは言う。「進化の時間でいえば、それは指をパチンと鳴らすほど僅かな時間なのです」

 

クジラやアザラシ、アシカ、イルカは寒冷な海水の中で体温を保持するための脂肪層があるが、ラッコにはない。代わりに、高密度で撥水性の毛皮がある。ラッコは1700年代半ばから毛皮目的で乱獲され、絶滅の危機に瀕した。毛皮交易前には世界のラッコの個体数は15万人から30万頭だった。毛皮交易が終わった時には、ラッコの数は世界で1,000~2,000頭に減少したと考えられている。

 

1700年初めの16,000~2万頭から、20世紀初めにはカリフォルニアで生き残ったラッコはわずか約50頭に減ったとウェインは言う。現在、カリフォルニア州には約3,000頭のラッコが生息しているが、ラッコは絶滅の危機に瀕する種の保存に関する法の下で絶滅危惧種として保護されている。オレゴン州やブリティッシュコロンビア州など一部のラッコの個体群は絶滅してしまった。

 

「ラッコの個体群が崩壊し、ゲノムに及ぼす影響や、海洋環境がゲノムに及ぼす影響を研究したいと考えました」と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の生態学・進化生物学、および人類遺伝学の準教授であり、共著者でもあるカーク・ロームラーは言う。

 

生物学者らは、ラッコの厚い毛皮の進化に累積的に関与している9つの遺伝子のセットで小さな変化が起きている証拠を発見した。研究者らは、これらの遺伝子がラッコの進化に重要であることを初めて確認した。研究チームはまた、生殖や免疫機能、脳の発達、四肢の発達などの分野に関連する可能性のある18の重要な遺伝子についても報告した。これらの遺伝子は様々な哺乳類の種に存在しているが、ラッコはこれらの遺伝子が変化しており、進化の過程でこれらの遺伝子の恩恵を受けた可能性があると研究者らは結論づけた。

 

ベイクマン、ウェイン、ロームラーらは現在、日本の北にある千島列島、アリューシャン列島、中央アラスカおよびメキシコのバハカリフォルニアを含む環北太平洋周辺の個体群から得た130頭のラッコの2万の遺伝子の配列を決定するための追跡調査を実施している。

 

この研究は、国立科学財団、モントレーベイ水族館、国立衛生研究所のゲノム解析・解析訓練助成金、カリフォルニア大学ロサンゼルス校学術上院およびUCLAカタリストプログラムから資金提供を受けた。

 

共著者全員の一覧は論文に掲載されている。

 

スペリオル湖の島のオオカミは絶滅の危機に瀕している

ラッコは遺伝的多様性が低いにもかかわらず、かなり健康であり、明らかな奇形は発現していない。ミシガン州スペリオル湖の国立公園にあるロイヤル島のハイイロオオカミについては、同様のことは言えない。これらのオオカミは脊椎変形や生殖障害などの深刻な健康問題を抱えており、「同系交配の激しさ」がオオカミを絶滅へと追いやっているとウェインは言う。

 

1940年後半、数頭のオオカミが氷の上を歩いてロイヤル島に行ったが、そこでは競争相手がおらず、エサとして狩る対象のムースがたくさんいた。その後30年間でこの島のオオカミの個体数は50頭にまで増加し、その個体群の研究が注意深く行われた。ウェインによると、1980年代以降その数は減少し始めたという。2018年までに、個体群は一組の老齢のオオカミになるまで減少した。このペアのオオカミは繁殖期を過ぎており、また同時に父-娘でもあり、半分きょうだいでもある。

 

ウェイン、ローミューラー、ジャクリーン・ロビンソン(ウェインの研究室でカリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院生として研究を行い、現在はカリフォルニア大学サンフランシスコ校のポスドクである)らは、ロイヤル島についての新たな発見を5月29日付Science Advances誌に発表した。ウェインらはロイヤル島に生息する11頭のハイイロオオカミのDNAを1988年から2012年にかけて調査し、島に生息するオオカミの骨格遺物を調査し、コンピューターによるシミュレーションを実施して、ミネソタ州に生息するオオカミの遺伝子データと比較した。

 

「ロイヤル島のオオカミのゲノムには最近の近親交配に独特な特徴があり、ゲノムの大部分が遺伝的多様性を失っていることが分かりました」と、この研究の筆頭著者であるロビンソンは言う。「現代世界で景観がますます細分化されるなかで、私たちの研究は生物多様性の保全のための指針を提供できるでしょう」

 

絶滅危惧種について学ぶべき世界的な教訓は何だろうか。

 

「個体群をモニターし、同血繁殖になりすぎないようにしなければなりません」とウェインは言う。「同血繁殖になった場合は、まず血液サンプルからゲノムを知り、遺伝的多様性を確実に増すために、外部から個体を導入することを考慮しなければならないでしょうが、こうしたことはほとんど行われません」